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読書って

6月下旬から読み始めた三国志ですが、7巻目の3分の2ぐらいまで読み終わりました。

読みながらふと思ったのですが、小説を読むという事は自分が神の目と言うか宇宙からの目で見るという行為の疑似体験なのじゃないかと。

ストーリーはどんどん流れて行きますが、それを読んでいる自分は「そこはそうじゃないだろう」とか「何でまた同じ過ちを繰り返すかなー」とか思ってもただ高い所から俯瞰しているだけです。

ドラマや映画だと、画像を見ているので登場人物の姿形や背景などがこういうものだと分かってしまいますが、小説の場合、登場人物の顔や衣装、景色など全て文章から自分で想像しなくてはなりませんので、その辺がある意味神の創造みたいな感覚になって来るのかも知れません。

結末を先に読んでしまってどういう終わり方をするのか知っていれば尚更ですよね(それじゃつまらないですけど)。

今までは本を読んでもそんな事考えもしませんでしたが、三国志という長大な歴史小説を読んだためにそんな感覚になったのかも知れませんね。

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