文化・芸術

常用漢字

常用漢字って何か不思議じゃありません?

通常よく使う漢字が常用漢字だと思ってましたけど、普段よく使うのに常用漢字に入ってなかったり、逆にめったに使う事がないのに常用漢字に入ってたりと。

県名に使ってる字でも常用漢字に入ってないっていうのもあったように記憶しています。

誰がどういう基準で決めてるんですかね?

そもそも常用漢字とそれ以外の漢字に区別する意味ってあるんですかね?

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ひな祭

今日はひな祭ですね。

我が家にも娘はいますが、生まれてこのかた雛飾りを出した事はないような・・・

カミさんの姉さんのところの第一子が女の子で、両家とも初孫だったものだからそれぞれの家から雛飾りが贈られました。

最初のうちは両方飾っておいたようですが、うちの娘が生まれた時にシンプルな方(お内裏様とお雛様だけのやつだったような気がしますが、貰う前にカミさんの実家で見ただけなので忘れました)をくれました。

娘が生まれたのが2月で、1ヶ月ぐらいはカミさんは実家にいたので雛人形を出す必要が無く、その後は雛人形を仮置きしておいた場所にどんどん荷物が溜まり、出せる状況ではなくなってしまったために、今まで1度も飾ってないように記憶してます(私の記憶違いでなければですが)。

娘も飾ってほしいとも言わないですしね。

そういえば、ひな祭なんて事もやったこと無いですね。こうして伝統行事が廃れていくのかな?

せめて帰りにケーキでも買って行きますか。

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やっぱりお役所言葉だったのかな

12月11日に書いた、「具体の」と「具体的な(に)」について解答をいただいた。

まず「具体の」の「具体」が名詞でなく、1954年に、吉原治良氏を中心として始まった美術運動の「具体」という固有名詞で使われる場合に、「具体の」という言い回しが可能です。

次に、「この方針に基づき、個別具体の事務・事業等の見直しを行い、政府として平成13年度中を目途に実施計画を決定する予定です。」という文面が役所関連の中にありました。

どうも、「個別的・具体的事務・事業等の....」の意味で 使っていますが、「・」の重複を避けるため、表記上、「個別具体」を使っています。
「・」に限らず、英語の場合もそうですが、同じ単語や表記を続けざまに使うことを避けるのが常識なので、どちらかというと、文章語としての使い方で用いているようです。

また河川整備計画に関連する文章にも、「個別事業など具体の河川整備の内容を定めず、整備の考え方を記述する」という表記がありました。
しかも、その内容の詳細部分には「これまでの工事実施基本計画は河川整備の内容が詳細に決められておらず、具体的な川づくりの姿が明らかとなっていなかった。」などと、「具体的」と使い方を分けています。

ということは、役所で用いる「具体の」は、「既に確定した、具体的になった、具体化した」という意味で、便利に使い分けているようです。

並列表記を避ける場合と、役人言葉としての使い方と、両方があるように感じました。

これが正解なのかどうかは分からない。

しかし、ほとんど「具体の」という表現を聞いたり見たりする事がないというのは一般的ではないということだろう。

お役所では「具体の」は使うけれど、一般人は「具体的な(に)」でいいというのが答えのようだ。

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どっちが正しいんだろう?

最近よく目にしたり、時折耳にする言葉でどっちの使い方が正しいのだろうと思うものがある。

自分としては昔からずーっとそういう使い方をしていたのでそちらが正しいのだと思ってきたのだが・・・

「具体的に」とか「具体的な」という言い回しをするが、最近「具体の」と「的」を入れないで使っているのが目につくようになった。

数年前、国交省の複数のお役人様が「具体の」と使っていたのは耳にしていたのだが、一般の人は使っていなかったのでそれはお役所の言い回しなんだろうなと勝手に解釈をしていた。

ところが最近「具体の」が多くなったので(議会の質疑応答の記事が多いからだろうか?)、正しい使い方はどっちなんだろうと、ふと思ってしまった。

誰か知ってたら教えてほしいのだが・・・

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年賀状

そろそろ年賀状の準備をしなくてはならないと思いつつもまだ年賀葉書を買っていない。

最近はパソコンで作ってしまうものだから、デザインが決まればあとはプリンターにおまかせなので大して時間はかからない。

宛名も印刷だから尚のこと。

字が下手だから宛名を印刷できるのは大変助かる。

ただ、裏表どちらも印刷だけっていうのはちょっとどうかとも思うので、一応義理で出す人意外は何かしら一言手書きで書き添えるようにしている。

しかし、これがまた大変なんだなー。

結局「元気?」とか「お変わりありませんか?」とか「今度飲もう」とか、いくつかのパターンはあるもののほとんど同じ文言になってしまう。

これってもらった方は読んでるのだろうか?手書きの一言があるかないかで印象は変わるのだろうか?

自分的には、何か近況のような書いてあると「ほぉー、そうなんだ」と思うこともあるけど、一言ぐらいならあってもなくても特にどうとも感じない。

ただ、会社で作った年賀状そのままで一言もないというのはいかがなものかとは思う。

業者さんから来るものはそれで仕方ないと思うし、それでかまわないのだが、友達からそういう形で来るのはどうしても手抜きに思えてしまう。

せめて仕事とプライベートは分けるぐらいの配慮は欲しいなーと思ってしまうのは私だけ?

いずれにしてもそろそろ年賀葉書を買わなくてはならないのだが、問題は枚数。

この辺はいいかと思って出さないでいると来たり、思いもよらない人から来たり、去年来なかったから今年はいいかと思うと来てみたりで、けっこう数が読めないのだ。

去年なんぞ20枚近くも余ってしまったし。

普通の官製葉書なら(民営化されたから今は「官製」とは言わないか?)他にも使い道はあるけど、年賀葉書だと使い道が限定されるので余ると困ってしまう。

少な目に買っておいて、足りない分は小まめに買い足して、売り切れの場合は「ごめんなさい」する手かな。

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KY

KYと言えば、産業界では「危険予知」の事を言うが、最近では「空気が読めない」の略なのだそうだ。

最近の若い連中は何でも略したがるが、遂にここまで来たかという感じ。

もっとも、面と向かっては言えない言葉だから隠語としてこうしたのかも知れないが・・・

「危険予知」だって「iken ochi」でKYなんだから似たようなものか・・・

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